1701回目から、新たな未来へ

親愛なる堂本光一さま

Endless SHOCKカンパニーの皆さま


本日、梅田芸術劇場公演初日おめでとうございます!!



平成から令和になって初めてのSHOCK。

平成の間に通算1700回を数えて、令和の公演は1701回目からのスタートですね。

新たな未来が始まることに高揚しつつ、何よりもまずはカンパニー全員が悔いなく最後まで公演を成し遂げていただけるよう、心から祈っています。


私が観劇に行ける日はもうちょっと先だけど、大阪で毎日素晴らしい舞台が行われていることを誇りに感じながら、その日を首を長くして待っていようと思います。


いや、待つだけじゃダメだね。

一つ一つの公演に全力を尽くす光ちゃんを見習って、私も私の場所で、私がやるべきことに全力を尽くす日々を送りたいと思います。


ジャニーさんもきっと見ててくれるよね。

光ちゃんにいっぱい激励の気持ちを送ってくれたらいいな。

光ちゃんに必ず届くと思うから。信じてます。



☆Show must go on☆



ありがとう、ジャニーさん

東京ドームで行われたジャニーさんのお別れ会。

私は参列が叶わなかったので、せめてこの場所からメッセージを送らせていただきます。

(ジャニーズネットからは手書きメッセージも送りましたが、その内容は私の心の中だけに。)



ジャニーさん、これまでたくさんの感動を生み出してくれて本当にありがとうございました。

あなたがいなければ、今の日本にこんなに素晴らしいエンターテインメントは存在しなかった。大袈裟ではなくそう思います。本当に偉大な功績を成された方だと思っています。


私がまだ小学生だったころ、KinKi Kidsに出会いました。

ふたりが生み出すものに触れ、魅了され、励まされ、心を動かされて、今日まで生きてきました。

ふたりの輝きが私の人生の道を照らしてくれている。そんなふうに感じています。


KinKi Kidsという存在は、ジャニーさんがいなければ生まれなかったものです。

堂本光一と堂本剛を出会わせ、同じグループとして歩んでいく道を示してくれたのは他でもないジャニーさん、あなたです。

彼らの人生はもちろん、彼らを慕い愛するたくさんの人々の人生をも、たくさんの輝きで彩ってくれた。

それがどれだけの意味を持つのかは、ふたりが語るジャニーさんへの想い、言葉の一つ一つに象徴されていると思います。

ふたりの出会いが運命的な奇跡であったなら、ふたりとジャニーさんの出会いも同じくらいに運命的な奇跡であったと思うし、その奇跡を目撃できた私は本当に幸せ者だなと心から感じています。


ジャニーさんがその手で生み出したエンターテインメントに触れ、KinKi Kidsという輝きに出会えたことは私の誇りです。私の人生の大切な一部分です。

ジャニーさんが与えてくれたこの誇りを胸に抱いて、これからもふたりとともに生きていきます。

あなたの想いを感じながら、KinKi Kidsとともに生きていきます。


だから、ジャニーさん。

どうかこれからも光ちゃんと剛くんのことを見守っていてください。

きっとふたりは、大切なジャニーさんの想いを引き継ぎ、さらに大きな輝きを放ちながら生きていってくれると思います。

ふたりの喜怒哀楽、そのすべてを見守っていてください。

いつまでもふたりの味方でいてあげてください。


KinKi Kidsの未来が、いつまでもジャニーさんとともにありますように。


ジャニーさん、ありがとうございました。



2019年9月4日

hachi


祝☆「NARALIEN」Release!!!

本日2019年8月14日


ENDRECHERI New Album「NARALIEN」


リリースおめでとうございます!!



ライブでいっぱい聴いた曲

お初にお耳にかかる曲

装い新たに生まれ変わった曲


いろんな彩りがつまった一枚。

どれもケンカせず、

それぞれが個性的な輝きを放っていて、すんごく魅力的。

ずーっとループしてても全然飽きそうにない。

これがファンクの持つ力なのかな。


またひとつ、ファンクの名盤が生まれちゃいましたね。

剛くん、おめでとう。そして、ありがとう。



ま、何が言いたいかというと、

バチくそカッコええからみんな買えよ!!ってことです、はい。笑




デビュー22周年おめでとう、ありがとう

2019年7月21日

KinKi Kids CDデビュー22周年!


光ちゃん、剛くん

22周年おめでとうございます!!


今年もまた今日という日を迎えられたことを大変嬉しく思います。



どうしても今年は、ジャニーさんのことを考えてしまう。


山下達郎さんや松本隆さんにジャニーさんが働きかけて生み出してくれた「硝子の少年」。この名曲があったから、今のKinKiがあるのだと思います。製作陣にはもちろん感謝ですが、その土台をつくり上げてくれたジャニーさんには尊敬と感謝の念が尽きません。


KinKiの音楽性を見いだし、今日という未来に導いてくださり、本当にありがとうございます。



「これから事務所に入ってくる子たちにとってジャニーさんは伝説の人だけど、僕は直接ジャニーさんに出会えた。そのことを誇りに思う」


家族葬のとき、光ちゃんが投げかけたという言葉。


この言葉を借りるなら、私はジャニーさんがご自身の手で生み出した輝かしいエンターテイナーたちに、同じ時代にリアルタイムで出会うことができ、応援することができた。そのことをとても光栄に思っています。


願わくばこれからも、ジャニーさんが磨き続けた宝石たちの輝きに触れていられますように。



光ちゃん、剛くん、22周年ありがとう。

ずっとずっとファンでいさせてくれて、本当にありがとう。


ジャニーさんが愛した光ちゃんの輝き、剛くんの輝き、

KinKi Kidsのまばゆい輝きが、これからも光を放ち続けますように。




最後まで最高のFUNKNESSを!!

親愛なる剛くん

そして、TU FUNK BANDの皆さま


本日「ENDRECHERI LIVE 2019」ファイナル!

おめでとうございます!!


正直言うと、回を重ねるごとにどんどんパワーアップしていくバンドだから、ここで終わってしまうことがとっても名残惜しい気がしています。

叶うならあと半年くらい、日程的にはゆる〜く、でもライブ的には最高にHigherなFUNKを奏で続けていてほしいなぁって思うくらい。


本当に心からそう思うくらい、すごいライブになってるように思います。

ケリー、マジですごい!!(語彙の圧倒的不足。笑)


でもね、名残惜しいけどあと1回。

しかも私は参加できないことが心苦しいけれど……。


ラスト1回、今までで一番すごい、最高で最幸なFUNKが生まれることを切に願っています!



剛くん、今日はどんな感情も我慢しなくていいから。

どんなあなたでもみんなが受け止めてくれるから。


だから、心のままに、感じたままに、剛くんにしかできないステージを、音楽を創ってきてください。


会場にいるみんなはもちろん、そこにいない私みたいな人たちもみんな、剛くんに最大級の愛を送って、最後の最後までとっておきのFUNKができるよう応援しています。


ジャニーさんにも聴いてもらえるよね。

見に来てもらえるよね。きっとね。


ファイナル、素晴らしい一日となりますように!!



あぁ、でもやっぱり行きたかったな……。笑




KinKiとともに歩んだ平成

「平成」が終わりますね。


新しく始まる「令和」という時代がどんな日々になっていくのか。

良くするか悪くするか、すべては自分次第。

うるわしい世界で、和を大事にできる日々の積み重ねにしていきたいなと心から思います。



さて、新しい時代を迎える前に、個人的に平成を振り返ったりしてみちゃったりして。


昭和の終わりに生まれた私にとって、これまでの人生の記憶のほとんどは平成で紡がれています。


そしてその大半がKinKi Kidsとの日々。


私がKinKiとともに歩んだ平成の日々。



金田一と銀狼で私はふたりそれぞれに出逢いました。

ブラウン管を通して、ですが。


(平成のうちにまさか「ブラウン管」という言葉が伝わらなくなる世の中になるとは思いもしなかったな。余談です。笑)


その後、ふたりがKinKi Kidsというグループだと知り、ドラマ主題歌なんかで彼らの音楽を知り、あっという間にとりこに。


「若葉のころ」で「FRIENDS」を聴いて、CD欲しい!っていう初めての感情が湧き出したり。

無知な小学生だったから、まだCDデビューしてないことすら知らなかったんですが。


「Myojo」というアイドル雑誌を買うようになったのもKinKiの影響。

やがてCDデビューして、初めて自分で買ったCDもKinKi Kids。


コンサートに行くためにファンクラブに入ったのもKinKiが初めて。

そして、コンサートというものを初体験させてくれたのももちろんKinKi Kids。

今まで写真や映像でしか見たことなかった人が目の前にいる。本物がそこにいる。テレビとそっくりそのまんまの本人がそこにいる……!

あの衝撃は多分一生忘れられないだろうな。

あのときの純粋な喜びが、今の今まで私をファンでいさせ続けてくれているのかもしれません。



ソロ関係でいえば、初めてライブハウスに行ったのは剛くんのおかげ。

ミュージカルを初めて見たのは光ちゃんのおかげ。


そう、平成を生きた私の数々の初体験は、その多くがKinKiによるものだったりします。

多分、ここに書ききれない初めてがもっともっとたくさんあったはず。



そして最も大切なのは、私が最初に知ったアイドル、アーティスト、俳優がKinKi Kidsだったということ。


最初に知ったふたりを、私はそのときからずっと好きで居続けている。

ファンであり続けている。


誰かを愛し続けられることの幸福を教えてくれたのは、間違いなくKinKiのふたり。

そのことを何よりも深く感謝しています



光ちゃん、剛くん。

ふたりとともに平成という時代を過ごせて本当に良かった。

ふたりのおかげで私にとっての平成を、たくさんの輝きがあふれる時代にすることができた。

たくさんの笑顔とたくさんの涙。それらすべてを平成時代の大切な思い出にして、次の時代へと足を踏み入れていきます。


願わくば、令和の時代もKinKiと一緒に駆け抜けられたらいいな。

光ちゃんと剛くんがありのままでキラキラ輝き続ける姿を、新しい時代でも目撃し続けられたらいいな。



令和も、KinKi Kidsとともに。

これからも一ファンとして真っ直ぐに応援して、愛していきます。


光ちゃん、剛くん、これからもよろしくお願いします!




☆Happy 40th Birthday Dear TSUYOSHI☆

親愛なる堂本剛さま


2019年4月10日


40歳のお誕生日おめでとうございます!!



あっという間に40歳。

なんだか不思議な気分です。


剛くんが20歳になったとき、「ハタチって大人だなぁ、すごいなぁ」って思ったことを今でもしっかり覚えています。

それからもう20年経ったなんて。驚きです。


その間、ずっとファンでいられて、変わらず剛くんのことを追いかけていられた私はきっと幸せ者です。


いろんな変化があって、試練もたくさんあって、でもその分楽しいこともたくさんあって。

どんなときも苦楽を共にして今日まで生きてこられたことが、一ファンとしてとても幸福なことだと思っています。



今、願うこと。


それは、剛くんが剛くんらしく、ありのままに人生を楽しんでくれたらいいなということ。


そのうちのほんの少しでも、共有させてもらえたら嬉しいなと思います。音楽とか芸術とかっていう形で。



新しい一年が、剛くんにとって素晴らしい日々となりますように。

そして、充実した40代となりますように。



この善き日に、祝福と祈りを込めて。



剛くん、お誕生日おめでとう。




☆Happy 40th Birthday Dear TSUYOSHI☆

親愛なる堂本剛さま


2019年4月10日


40歳のお誕生日おめでとうございます!!



あっという間に40歳。

なんだか不思議な気分です。


剛くんが20歳になったとき、「ハタチって大人だなぁ、すごいなぁ」って思ったことを今でもしっかり覚えています。

それからもう20年経ったなんて。驚きです。


その間、ずっとファンでいられて、変わらず剛くんのことを追いかけていられた私はきっと幸せ者です。


いろんな変化があって、試練もたくさんあって、でもその分楽しいこともたくさんあって。

どんなときも苦楽を共にして今日まで生きてこられたことが、一ファンとしてとても幸福なことだと思っています。



今、願うこと。


それは、剛くんが剛くんらしく、ありのままに人生を楽しんでくれたらいいなということ。


そのうちのほんの少しでも、共有させてもらえたら嬉しいなと思います。音楽とか芸術とかっていう形で。



新しい一年が、剛くんにとって素晴らしい日々となりますように。

そして、充実した40代となりますように。



この善き日に、祝福と祈りを込めて。



剛くん、お誕生日おめでとう。




祝☆千秋楽&1700回

親愛なる堂本光一座長


そしてSHOCKカンパニーのみなさま


本日帝劇公演千秋楽、誠におめでとうございます!



さらにSHOCKシリーズ通算1700回公演


本当に本当におめでとうございます!!



積み重ねた努力、研鑽、苦難の日々に敬意を表し、今日という日が素晴らしい一日となることを心より祈念しています。


どうか素敵な千秋楽となりますように!!




8年前。

奈良の地で見た剛くんのライブ「十人十色」。


剛くんはその中で「街」を歌ってくれた。



彼の出身地でその曲を生で聴くことは私の悲願だったから、とても感激した。


でも聴いているうちに、それだけじゃない感情がわき上がっていった。


歌詞が自分の「今」に重なる。


この街で生きていく覚悟を突きつけられ、その苦しさや切なさを実感して、気がつけばボロボロと泣いていた。


多分ライブであんなに泣いたのは、後にも先にもあのときだけだと思う。



剛くんが奈良を想いながら東京で生きているように、私も地元を想いながら関西の地で生きていく。


あのとき、その覚悟が決まった。


私はこの道を歩んでいく。

決して、愛を見失うことなく。

痛みを忘れることなく。



それから8年、いろいろあったけど、やっぱり私はこの街で生きている。


自ら望んだことなのか、そうなってしまったことなのか、今ではその区別はよく分からないけれど、でも私は確かにこの街で生きている。



今、さまざまな事情で、さまざまな場所で暮らす人たちがいることでしょう。中には不本意な状態の人も。


どうかみんなが、それぞれの生きる街で、愛を見失わずに生きることができますように。


痛みに負けず、強く生きていくことができますように。



2019年3月11日